2013年

5月

08日

シンポジウム『吉野ヶ里遺跡 現状と課題~歴史遺産を活かしたまちづくりとメガソーラー問題~』、間もなくです。

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2013年

5月

03日

吉野ヶ里遺跡の価値を破壊するな!メガソーラー設置に反対し提訴しました

4月24日、古川康・佐賀県知事を相手取り、吉野ヶ里遺跡隣接地でのメガソーラー建設に伴う工事代金の支出差止めなどを求めて佐賀地裁に提訴しました。

2月に契約解除などを求めて住民監査請求をしましたが、3月に却下されたので、今回の提訴に踏み切りました。

私達は「遺跡は極めて学術的価値が高いものであり、メガソーラー施設の設置は遺跡の考古学・歴史学的価値を破壊してしまう。施設のための土地の売買契約や造成工事請負契約などは、文化財保護法や景観法などの趣旨に違反している」と訴えています。

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2013年

4月

21日

『吉野ヶ里と「文化的景観」の重要性-遺跡学の視点から-』

2月24日第1回シンポジウムの時の、元同志社大学講師・文化財保存全国協議会常任委員の鈴木重治先生のレジュメです。

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2013年

4月

18日

4月23日、佐賀地裁に提訴します!

吉野ヶ里遺跡メガソーラー建設、工事差止を求めて佐賀地裁に提訴します!

4月23日(火)14時半、佐賀県弁護士会館集合

        15時、佐賀地方裁判所に提訴     です。

~メガソーラーはほかにも建てる場所が存在しますが、遺跡や景観は壊しては取り返しがつきません~

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2013年

4月

05日

佐賀新聞“私の主張”【知事英断で遺跡と景観保全を】

【知事英断で遺跡と景観保全を】太田記代子佐賀新聞“私の主張”2012年9月29日掲載
 吉野ケ里遺跡群の中心的場所にメガソーラー(太陽光発電設備)を設置する契約が、関係自治体と民間業者の間で行われました。これでいいのでしょうか。

 この地はもともと遺跡であり、聖地であった場所です。「粗末にしてはいけない」と戒め、長い間守られ残ってきた遺跡群です。県は「もともと工業団地計画地であった」という発表をしますが、すでに昭和9年、発見者の七田忠志先生(故人)が考古学会誌に遺跡と紹介されています。

 メガソーラーが計画通り設置されると、知事は「吉野ケ里遺跡群と、その景観を台無しにした」と全国の人たちから責められるのではないでしょうか?なぜならメガソーラー自体に賛成する人は多いのですが、場所を選(よ)りによって吉野ケ里遺跡群の中心に建てては、せっかくの歴史公園の景観も損なわれるからです。

 しかも、平成3年7月1日に、「何も作らない」というスタンスで、国営公園の申請をし認可された経緯がある場所なのです。

 北にはわが国初の茶栽培の霊仙寺(りょうせんじ)、戦場ケ谷縄文遺跡、九州有数の伊勢塚古墳、北西には九年庵と仁比山(にいやま)神社、伊東玄朴生家、地蔵院、また南には櫛田神社、南西には平忠盛の日宋貿易関連の下中杖遺跡など数多くの遺跡・史跡が広がり、メガソーラー計画地はその中心にあたります。

 また、わが国に文字をもたらしたとされる王仁(わに)博士を祀(まつ)った鰐(わに)神社に隣接した地でもあって、メガソーラーの鉄骨を打ち込むにはもったいない場所です。

 吉野ケ里の甕棺(かめかん)の人骨と徐福関連の中国江南の古代人骨の「ミトコンドリアのDNAが一致した」と興奮気味に話されていた古代アジア研究家・内藤大典氏(故人)を懐かしく思い出します。

 家系図を大事にし、血のつながりを重視する中国や韓国の国民性からも、吉野ケ里遺跡群は国際親善に貢献するばかりでなく、経済効果も生むでしょう。

 メガソーラーはほかにも建てる場所が存在しますが、遺跡や景観は壊しては取り返しがつきません。建設地は弥生時代の庶民の住居跡や水田跡で、農業県佐賀には特に大切で、意味のある場所なはずです。

 吉野ケ里遺跡群は縄文、弥生、奈良、平安時代から明治維新までの複合遺跡です。特に今年はNHK大河ドラマ「平清盛」に関連して、忠盛、清盛が預かり治め、財をなして世直しにつなげた神埼荘園の地でもあり、もっと全国に発信すべきではありませんか。

 吉野ケ里遺跡の楼館(ろうかん)や係留バルーンからメガソーラーが見えては台無しです。知事の英断で、今からでも違う場所に建設を変更してくださるよう、お願いします。

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